来双船note  ーきそうせんノートー

きそうせん 「薬草」に繋がるすべてのこと・ものを乗せた船。 (来双は造語です)

ハニーの思いで 2

写真で、メシを食ってるんで、写真家ということになっていますが、
カメラが好き、写真撮るのが好き・・・芸術愛好の写真家じゃなくて、
自然科学愛好家とでもいうのでしょうか・・・
そんな埴 沙萠から、学びたいモノがあるのなら、ご自由にどうぞですが、
撮影の助手として、では困ります。
独りで木や草と居るのが、至福の時です。そばに人が居るのは嫌いです。

 

 

植物生態写真家の埴 沙萠(ハニ シャボウ)さんから最初にいただいたメールの抜粋です。
(勝手に申し訳ありません、埴さん)

 

私は埴さんの写真に出会うまで、様々な写真家に大変お世話になってきました。
小林紀晴
小林のりお
古屋誠一氏

その他、名前をあげればキリがありません。
でも埴 沙萠さんは「最後」、としました。私の写真人生できっとこの人は最後の師匠だ。ということです。

 

もうなん年前なのでしょう。埴さんの代表作「植物記」

植物記|福音館書店

に出会い、そこから本格的な私の植物愛好家の道が始まりました。埴さんのホームページに掲載されていた日記(今は閉鎖されました)は毎日のように更新されて、撮影メモや植物や埴さん宅に来る鳥の生態のことが生き生きと書かれていました。

驚くことに、埴さんは毎日のように地温を測っていたんです。地温が与える影響、種子の発芽の条件など、その日記で初めて知りました。

 

毎日毎日、日記を読み、さらには過去の日記も何度も読み返し、会ったこともないのにすでに自分の師匠「ハニー」命名し(あたしはストーカー?)、これはもう本気で弟子になるしかない・・・と思い切ってメールを送りました。

「助手になりたい、弟子になりたい」ような内容でした。

そして埴さんから返って来たお言葉が冒頭の文章。
数年前の数日前にお返事をいただいたようです。

 

埴さんは群馬の雪が深く降るところにお住まいでしたが、自分がそこでどうやって生計をたてていけるかなんて深く考えず、とにかくこの人から学びたい一心でした。自分ではめずらしく熱く伝えたため、断られたのはちょっと残念でしたが、技術的なことはメールのやりとりでいくらでも教えるとありがたいお言葉をいただき、そこから日々メル友のようなお付き合いが始まったのです。

 

時々私のことを意識してくださり、いつもの日記で「この写真はこうやって撮った」と撮影の説明を詳しく書いてくださる日が増え、さらに私がわからないところはメールで尋ねるという日々が続きました。

 

その時、埴さんは私の父親とほぼ同年代(80代)でしたが、ちょークイックレスポンスでかーなーり驚きました。これは嬉しかったです。

私は写真学校の専門学校を出ています。しかし技術的なことを深く教える校風ではなかったため、卒業してもとても不安要素がたくさんありました。かんじんな初歩的なことも抜けていることが多かったので(それは今も多いのですが)、なんとか埋めようとしていたのですがなかなか向き合う機会を作ろうとしなかったり、逃げていたんです。

 

それはいいとして、、、

 

そんな日々が続き、埴さんは NHKドキュメンタリー番組「足元の小宇宙」というタイトルで特集され人気を博することになります。

 

それまで埴さんにご自宅におじゃまさせていただきたいと、お願いしていたのですがご多忙のためなかなか叶わない日が続きました。やっと行けることになったときの喜びは今でも忘れることができません。

「足元の小宇宙」にも出て来た、あのジープで駅まで「ハニー」は迎えにきてくれました!

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ハニーのおもいで つづく
(長文、すみません)

ハニーの思い出 1  

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